世界有数の透明度を誇る海、手軽に体験

海は人の心を癒します。
目を閉じてどこまでも広がる青い空とエメラルドグリーンの海、白い砂浜を想像してみてください。

日本の南約2400km、直行便でわずか3時間半で到着できる北マリアナ諸島の島々には貴方の心をリフレッシュする大自然があります。


その昔、南海の小さな島に、海を渡ってたどり着いた人々がいます。

数千年の時を経て、彼らが残してきた歴史と文化、大自然と穏やかな風土に育まれた素朴な人々が暮らす島となりました。そして今、サイパン、テニアン、ロタは、旅行者に優しいパラダイス。初心者から楽しめる様々なマリンスポーツ、ゴルフファーにはカートの乗り入れができる海を見晴らすゴルフ場、ゆったり派のあなたにはエステやスパでの癒しの時間・・・アクティブに遊んだ1日の終わりは、波穏やかな海と空を赤く染める夕景で心と体をクールダウン。ちょっと夜更かしをして満天の星空、天然のプラネタリウムに酔いしれる。

ここはハファダイスピリッツ溢れる楽しい南国のリゾート。北マリアナの島々、サイパン、テニアン、ロタに遊びに来てみませんか。

時差

時差は1時間。北マリアナ諸島の方が日本より1時間先行しています。日本の正午は、北マリアナ諸島の午後1時。

言語

公用語は、英語、チャモロ語およびカロリニアン語。ホテルには日本人スタッフが常駐するところが多く、レストランやショップ、観光施設でも日本語を話すスタッフがいたり、日本語メニューが用意されている場合が多くあります。

気候

熱帯性気候で、北マリアナ諸島の年間平均気温は27℃。気温や湿度の変化がほとんどなく、一年中海に入ることができます。雨季は7~11月で、南の島特有のスコールが降ります。スコールは日本の夕立のようなもので、突然ザッと降ってきますが、すぐに晴れて青空に変わることがほとんど。雨季でも、このスコールが一日に数回降る程度です。

現在の北マリアナ諸島の天気
北マリアナ諸島の週間天気予報 ※外部サイト(tenki.jp)が開きます

祝祭日

北マリアナ諸島の祝日・休日をご覧ください。

国花・国樹

国花:プルメリア
マリアナのいたる所で見る事ができる可憐な花です。南国をイメージさせる甘いフローラルの香りで、花冠(マーマー)や結婚式のブーケにも使われます。

国樹:フレームツリー(火炎樹)
灼熱の太陽のように燃えるような花。街道沿いに咲き誇るフレームツリーの真っ赤な花と青空のコントラストは、マリアナを象徴する絶景のひとつです。

民族と伝統文化

民族

北マリアナ諸島に人が住み始めたのは、ミクロネシアの中で最も早く、約3500~3700年前。東南アジア方面から移住してきたといわれるチャモロ人と、スペイン統治時代に、サイパンの南に位置する中央カロリン諸島からカヌーで渡ってきたというカロリニアン人が先住民族とされています。現在では、アメリカ、ミクロネシア、フィリピン、中国、日本及びその他アジア系民族を含む多民族社会が形成されています。

宗教

マゼランが来島する以前は、チャモロ族の土着信仰(地元神)が中心でした。現在はキリスト教信者が大多数となっています。

言語

公用語は、英語、チャモロ語およびカロリニアン語。ホテルには日本人スタッフが常駐するところが多く、レストランやショップ、観光施設でも日本語を話すスタッフがいたり、日本語メニューが用意されている場合が多くあります。
チャモロ語で「こんにちは」を意味するHafa Adai(ハファダィ)は良く使われる挨拶言葉です。マリアナへ旅行をしたら、試しに使ってみてはいかがでしょうか?


伝統文化

東南アジア方面から海を渡って島に住みついた古代チャモロの人々は、ヨーロッパ人の到来とともにその姿を消していきました。疫病、戦争、カトリック教への改宗などにより、伝統文化も大きく変化しました。
それでも、チャモロ語をはじめ、古代からの伝統や習慣は今も残されています。その多くは土地や海に対する畏敬の念に基づいたもので、ジャングルへのハイキングや、サンゴ礁や外洋で釣りをする際には、「タオタオモナ」の霊(先祖の霊)に敬意を払う習わしが今もあります。

一方、カロリニアン文化はチャモロに比べると「自分たちはカロリニアン人である」というアイデンティティーが強いので、今でも古来の姿をとどめています。伝統舞踊、機織りや工芸、カヌー作り、海洋技術といった伝統文化が今も生活の一部になって人々の中に息づいています。

カトリック教徒の祭り「フィエスタ」はスペイン統治時代の習慣が残った行事です。フィエスタに並ぶローカルフードにも、スペインの食文化と北マリアナ諸島古来のタロイモやパンの実が混在しています。言語においても「さよなら」はスペイン語の「Adios」がそのまま使われており、「ゾウリ」や「ベントウ」といった日本語がチャモロ語となって残っています。


ボージョボー人形

北マリアナ諸島(サイパン・テニアン・ロタ)に古くから伝わる民芸品、ボージョボー人形は、サイパンの先住民族・チャモロ族が古くから親しんできた、愛と富を成就させる願掛け人形です。男の子と女の子が対になったボージョボー人形の手足を色々な方法で結び合わせ、いつも見えるところに飾り、強く信じることにより願いが叶う、という伝説があります。このボージョボー人形、近年では、”幸せになれるサイパンの人形”として、人気の高いお土産になっています。


歴史

サイパン島、テニアン島、ロタ島は北マリアナ諸島に属し、現在はアメリカ合衆国の自治領です。北マリアナ諸島には、チャモロとカロリニアンの2つの先住民族がいます。

北マリアナ諸島に古代チャモロの人々が住み始めたのは、紀元前1500年頃。東南アジア方面から渡ってきたと推察されます。800年頃には、現在もさまざまなモチーフに使われる巨大な石柱「タガ・ストーン(ラッテ・ストーン)」が現れます。タガ・ストーンは、北マリアナ諸島に多く残されていますが、その最大規模のものは「タガ王朝」の中心地だったテニアン島にあるタガ遺跡。このタガ・ストーンは、かつて家の柱だったとされていますが、その謎は完全には解明されていません。

カロリニアンの祖先が北マリアナ諸島にやってきたのは、チャモロよりずっと後の18世紀頃。南方のカロリン諸島からカヌーを操って交易に来たのが始まりとされています。その後、カロリン諸島のラモトレックから多くの島民が移住。さらに他の島々からもサイパンに移り住んでいます。

北マリアナ諸島がヨーロッパの歴史に登場するのは、16世紀に入ってからのことです。
1521年、スペイン人のマゼランが世界一周の航海中にマリアナ諸島を発見しました。その後1565年にスペインが正式にマリアナ諸島領有を宣言し、300年以上にわたるスペイン統治による植民地時代が始まりました。スペイン人はキリスト教を強力に布教したためチャモロ人などの先住民族との間に紛争が起き、その結果、先住民族は激減し、グアムへの強制移住を強いられることになりました。

1898年にスペインはアメリカと戦争で敗れたためグアムをアメリカに譲渡し、グアムを除く北マリアナ諸島をドイツに売却します。ここで北マリアナ諸島のスペイン統治が終わり、15年間のドイツ統治が始まります。

1914年に第一次世界大戦が勃発し、赤道以北のドイツ領を連合国側についた日本が占領し、実効支配下に置きました。戦後発足した国際連盟により日本の委任統治領となります。以降30年にわたり、多くの日本人が移住し、サトウキビやヤシの栽培を行いました。最盛期には3万人の日本人が移住し暮らしていたのです。砂糖王公園やシュガートレインなど、当時の遺構(いこう)がサイパンに数多くみられます。


1941年に勃発した第二次世界大戦ではアメリカ軍と日本軍との激闘の舞台となり、多くの民間人も犠牲になりました。現在も各地に戦争の傷跡が残されています。

終戦後の1947年、元日本委任統治領が国連の太平洋諸島信託統治領となってアメリカが統治し、1986年にアメリカに併合されました。アメリカと政治統合した国家(連邦)を建設するための誓約には、マリアナ諸島と連邦政府の間の政治的枠組みが定義されています。

現在、北マリアナ諸島連邦の住民は、アメリカ国籍を保有しています。また、アメリカから憲法による保護やその他の保護を受けています。